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子どものスポーツとメンタルヘルスの関係
メンタルヘルスへの関心が高まっています。現代社会において、ストレスや不安、精神的な問題はもはや特定の人々だけの問題ではなく、誰もが直面しうる課題となっています。そしてそれは子どもたちも例外ではありません。日本学校保健会が2020年に発表した報告書(*1)によると、小学1・2年生から約25%が「気分の落ち込みのせいで、何もする気にならないことがある」と感じていて、その割合は学年が上がるにつれて増加し、中・高校生の女子では実に50%程度に達しているそうです。
*1. 平成30年度~令和元年度児童生徒の健康状態サーベイランス事業報告書
その原因や対策は様々に論じられるでしょうが、私はスポーツ指導者としての立場から、子どもたちが体を動かすことの大切さをここで述べたいと思います。スポーツ体験が子どもに与えてくれるものは身体的な健康だけではありません。人格形成のための貴重な機会でもあります。スポーツを通じて子どもたちは他者との関わり方を学び、そして精神的に成長します。そうしたスキルは、以前は子ども同士の遊びを通じて得られたものですが、現在では子どもたちが自由に遊び回れる環境がどんどん減っていることはご存知の通り。どうしても組織されたスポーツにその役割を求めざるを得なくなっています。
自己を肯定し、自信を深める
スポーツに参加することで得られるものは数多くありますが、なかでも自己肯定感の高まりを最初に挙げたいと思います。野球でヒットを打つ、サッカーでゴールを決める、陸上競技で自己記録を更新する、体操競技で新たな技を習得するなど、スポーツは成功体験の機会に溢れています。現実的な目標を設定し、そのための努力を重ね、そして目標を達成する。そうしたプロセスを繰り返すことで、子どもたちは自分の能力を信じられるようになります。そうして得た自信はスポーツ以外の分野、たとえば勉強や社会生活を送るうえでも大いに役立ちます。
失敗から立ち直る力を得る
むろん、スポーツとは成功体験のみを得られるわけではありません。上の例でいえば、野球で三振する、サッカーでゴールを外す、駆けっこで転ぶ、鉄棒から落ちるなど、スポーツには失敗体験の機会もまた溢れているからです。ずっと勝ち続けることは誰にもできません。子どもたちは失敗を経験することによって、そこから立ち直ることも同時に学びます。失望感や悔しさをコントロールする能力はメンタルヘルスを保つために重要です。むろん、成長過程にある子どもたちに過重な期待をすることはありません。負の感情を自分のなかで整理できなくても、スポーツの場では大声で泣いたりしても一向に構わないのです。むしろ、そうした発散の場があることが精神的な救いにもなります。結果にこだわるべきではないことは大人も同じです。その責任は大きいかもしれません。指導者や保護者は子どもたちに精神的なプレッシャーをかけないよう、注意と自制が必要です。
友情を育む機会
とくにチームスポーツでは、仲間内とコミュニケーションをとり、協力しあうことが重要です。チームワークを通して、子どもたちは集団に帰属することの安心感とかけがえのない友情を得ることができます。個人スポーツはそうした部分はやや希薄になりますが、それでも同じ目標に向かって努力する仲間を得ることはできます。
精神的ストレスの軽減
医学的な側面から見ると、身体的活動は脳内でエンドルフィンの分泌を促します。この神経伝達物質はストレスや不安を軽減する働きがあります。子どもたちはスポーツに参加することによって、負の感情や苛立ちに健康的な方法で対処する機会を得ます。これについても、自由な遊びからでも得ることはできるのですが、一定の練習ルーチンやゲームのルールにむしろ安心感を覚えるタイプの子どもも少なくありません。
集中力と認知能力を高める
日常的な身体的活動が集中力と認知能力を高めることは多くの研究で明らかになっています。スポーツではさらに緊張する場面での決断力を常に要求されます。そうした精神的な能力を向上させることはスポーツ以外の分野にも役立ちます。
健康的な身体のイメージ
歪んだ身体のイメージに悩む人は少なくありません。無理なダイエットによる痩せ過ぎ、逆に筋肉コンプレックスなど、その多くは子どもから若者までの年齢層です。スポーツを通じて、子どもたちは健康的な身体を保ち、自分にポジティブなイメージを得ることができます。もっとも、スポーツのこの部分は諸刃の剣です。競技パフォーマンスを上げるために、無理に体重を減らそうとして、心身ともに健康を害してしまう事例もまた多いことは周知の事実だからです。
まとめ
スポーツ体験がメンタルヘルスに効果があることに疑いの余地はありません。スポーツを通じて、子どもたちは自信を深め、ストレスを軽減し、仲間を増やし、そして精神的な耐久力を高めます。それらはすべて、子どもたちの健やかな成長に大きな意味をもつものばかりです。子どもたちにスポーツ体験の機会を作ることは、身体的成長を助けるだけではなく、精神的な成長と健康を促します。メンタルヘルスは目には見えないだけに、その成果を実感しづらいかもしれません。しかし、その重要性はどれだけ強調してもし過ぎるということはないでしょう。