子どものスポーツ体験と学力の関係
「優れたスポーツ選手は頭も良い」とよく言われます。大谷翔平選手やイチロー氏の言動には頭脳明晰さを感じますし、他のジャンルのどのスター選手にしても同じ印象を受けます。プロアスリートに限った話ではありません。私はアメリカで高校野球部と陸上競技部の指導員を務めていて、日常的に多くの高校生たちと接しています。彼らを見ても、スポーツと学力の間には強い相関性があるように感じています。むろん例外はありますが、スポーツチームでキャプテンになるような生徒が勉強の科目でもトップクラスの成績を取っていることは珍しくありません。私が常々感じているのは、「スポーツができる子は勉強もできる。しかし、勉強ができる子がスポーツもできるとは限らない」です。
そんな私の感想を述べただけでは説得力はないでしょう。そこで、子どものスポーツ体験と学力の関連については数多くの研究が様々な角度からなされていますので、そのいくつかを以下に紹介します。
スポーツ体験が脳に与える効果
子どもたちのスポーツ体験の多寡は認知能力の成長度と密接な関係があります。身体的活動は脳の記憶力や集中力に関連する部分を刺激するからです。学力を伸ばすためには重要な役割を担う部分です。2011年に発表された研究(*1)では、日常的に運動をする習慣がある子どもは記憶力に優れていると結論で述べています。とくに有酸素運動は脳への血流を増やし、認知能力の向上を促すとする他の研究結果とも合致します。
さらに、スポーツを体験することによって、子どもたちは戦略的な思考と問題解決のスキルを身につけることができます。とくに理系の教科には重要な能力をゲーム感覚で伸ばすことができるのです。
運動能力と集中力の相関性
幼少時に高い運動能力を示した子どもほど、成長後に高学歴を得て、かつ健康面における自己肯定感も高くなる傾向がある。そんな結論を述べた研究(*2)もあります。
この研究ではドイツ国内のある学区に通う3,285人の少女と3,248人の少年が観察対象になりました。年齢はドイツの小学校就学年齢にあたる6-10歳。研究者らは国際的な標準テストを用いて、個々の生徒の筋力、持久力、集中力、そして健康指標との関連を解析しました。結果は明らかでした。運動能力が高い子どもほど、学力や集中力も高くなる傾向が認められたとのことです。小学校で運動能力テストの得点が高い子どもは集中力テストでも高得点を獲得し、中学校以上進学後の学力も上位になる確率がより高い。特にVO2maxのような心肺能力を示す指標と集中力との間に高い相関性が認められたとも論文著者たちは述べています。
スポーツ体験と社交スキル
スポーツ体験、とくにチームスポーツに参加することは子どもたちが学校生活を送るうえで大切な社交スキルの獲得にも役立ちます。チームメイトたちと協力して物事にあたること、指導者の言うことに耳を傾けること、リーダーシップを発揮すること、どれも教室でのグループ活動に直結するからです。一方で、やや気がかりなデータを報告した研究(*3)もあります。個人スポーツのみを行う子どもは、チームスポーツを行う子どもやまったくスポーツをしない子どもと比べても、メンタルヘルスの問題を抱える確率が高いのだということです。
どのような種類のスポーツを好むかは子どもの個性に属する部分ではありますが、個人スポーツを行う子どもの保護者や指導員には細心の注意が必要なようです。
スポーツ体験と精神力
スポーツを続けると精神的に強くなるという説、もしくは印象は以前から日本社会に根強く存在します。体育会系の学生が就職に有利だと言われる一因になっているのかもしれません。日本に比べると、アメリカでは一般的にはスポーツは楽しむものとされ、根性論や精神論が入り込む余地は希薄だと思われがちですが、興味深いことにオハイオ大学の研究者たちが「スポーツ体験=精神力の涵養」説を後押しするような研究(*4)を発表しています。
*4. Sport Participation and the Development of Grit
子どもの頃にスポーツを経験した人は、まったくスポーツをしなかった人や、低年齢のうちに辞めてしまった人に比べて、精神力や職業倫理が強くなる傾向が認められるということです。精神力が必ずしも学力を伸ばすとは限りませんが、少なくともその妨げにはならないでしょう。
まとめ
子どもたちが早い段階からスポーツを経験することは学力面でも大きなプラスになります。多くの研究が身体的活動は学習能力の成長を促すだけではなく、社会性を育てることに大きな効果があることを証明しています。子どものスポーツ体験によるメリットはジムやフィールドだけではなく、学校の教室にも現れるのです。だからこそ、私たち大人は子どもがスポーツをする機会を提供することについて、もっと真剣に取り組む責任があるのではないでしょうか。幼児期の運動不足は将来的に体力不足、ひいては学力不足の原因になるかもしれないのです。